自分の不動産投資経験と税理士として関わったクライアントの状況を踏まえて、不動産投資初心者のためのマニュアルを作成しようと思いました。
不動産業に携わるようになって約15年が経ち、自分以外の税務クライアントの事例もたくさん見てきているので、かなり実務的なマニュアルになると思います。
今回は、第2回目で個人名義で不動産投資をする場合の不動産購入直後に行う手続きについて説明していきます。
不動産購入直後に行う手続きについて
不動産購入直後とは、不動産売買契約が完了し、それに対する決済が完了した段階を指します。
その段階で、不動産投資家が行なう手続きは以下の通りになります。
税務署に対する書類の提出
不動産投資家は、不動産賃貸業を行う個人事業主になるため、以下の資料を税務署に提出することになります。
【必ず提出しなければならない書類】
- 個人事業の開業・廃業等届出書
- 所得税の青色申告承認申請書
個人事業の開業・廃業等届出書
個人事業の開業・廃業等届出書は、不動産投資がどんな規模で行われていても、提出が必要になります。
所得税では、事業的規模になるかどうかで不動産所得で受けられる税制優遇が違うのですが、個人事業の開業・廃業等届出書の提出はこの話しとは関係ありません。
事業的規模でない不動産所得に対しても、個人事業の開業・廃業等届出書の提出が必要になります。
税務署への提出期限は、事業を開始した時から1か月以内になっています。
もし、提出していなくても特段罰則はありませんが、気づいたらすぐに提出することをお勧めします。
所得税の青色申告承認申請書
所得税の青色申告承認申請書は、税務署に提出することにより税制優遇を受けられる書類になります。
提出期限は、不動産投資開始から2か月以内です。
但し、1月1日~1月15日までに不動産投資を開始した場合3月15日までです。
事業的規模になるかどうかで不動産所得で受けられる税制優遇が違うのですが、提出するだけで必ず優遇を受けられるので、提出することをお勧めします。
なお、税制優遇の一例ですが、青色申告特別控除というものがあり、事業的規模に該当する場合65万円、事業的規模に該当しない場合、10万円がそれぞれ不動産所得から引けることになります。
不動産所得が事業的規模になるかどうかは5棟10室基準によって決まります。つまり、戸建住宅を5棟以上貸している、アパートやマンションを10室以上貸している場合に事業的規模と判断されます。なお、戸建もアパートも両方貸している場合、アパート2室で1棟換算になります。例えば、戸建2等、アパート6室所有している場合、事業的規模に該当することになります。
【給与を支払う場合に提出する書類】
- 給与支払事務所等の開設届出書
- 青色事業専従者給与に関する届出書
- 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書兼納期の特例適用者に係る納期限の特例に関する届出書
個人名義で不動産投資を行う場合は、「自分」に対しては給与を支給することはできません。
あくまで、「他人」に給与を支給する場合には、上記の3つの資料の提出が必要になります。
給与支払い事務所等の開設届出書
給与支払い事務所等の開設届出書の提出期限は、従業員を雇う事務所を開設した日から1か月以内です。
提出しなくても罰則はありませんので、気づいた時に忘れずに提出しておきましょう。
青色事業専従者給与に関する届出書
青色事業専従者給与に関する届出書の提出期限は、専従者がいることとなった日から2月以内です。
青色事業専従者給与は、家族や親族に支払った給与を必要経費にできる制度です。
青色事業専従者給与は、仕事内容に照らし、実際に支払った給与が対価として妥当であればその全額を必要経費に算入できます。
実際には、なにもしていない家族や親族に高額な給与を設定して必要経費を増やす不動産投資家が多いため、それを防止するために決められている制度です。
青色事業専従者給与に関しては、要件を満たしていないことに気づかず利用している人が結構います。
家族や親族に給与を支払う場合は、青色事業専従者給与の要件をよく確認してから支払ってください。
源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書兼納期の特例適用者に係る納期限の特例に関する届出書
源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書兼納期の特例適用者に係る納期限の特例に関する届出書は、毎月行われる給与に対する源泉所得税の徴収・納付義務を半年に一回に変更するための届出書です。
個人事業主でも源泉所得税を給与から毎月控除して預からなければなりませんが、源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書兼納期の特例適用者に係る納期限の特例に関する届出書を「事前に」税務署へ提出しておけば、源泉所得税の申告・納付が半年に一回になるため、事務手続きを大幅に減らせます。
引き継いだ賃貸借契約書の読み込み
不動産売買契約の決済まで終わると、不動産の所有権が完全に不動産投資家のものになります。
不動産投資家は、売主より賃貸人の地位をそのまま引き継ぎますので、引き継いだ賃貸借契約書を読み込んで、賃借人の情報を入手する必要があります。
契約者名、契約期間などもある程度知っておいて欲しいですが、特に重要になるのは、①保証会社契約の有無と②賃貸借契約の特約についてです。
保証会社とは、賃借人が家賃を支払わない場合だけでなく、夜逃げや病気などで賃貸借契約が解除された時に再び貸せる状態に戻すまでにかかったお金を賃借人に代わり払ってくれる会社です。
実は、保証会社の賃貸人への保証金額の上限は契約で決められています。
保証会社と賃借人の契約書のコピーが賃貸借契約書と一緒に売主より引き渡されているはずなので、必ず保証金額の上限を確認しておいてください。
また、その保証金額の上限の中に、借主が残置物を残していった時の保管費用・撤去費用が含まれているかを必ず確認してください。
賃貸借契約が解除されても、貸主はむやみに元借主の荷物を処分できないので、実は保管費用・撤去費用の負担が一番高額になったりします。
賃貸借契約の特約については、色々な記載内容が考えられます。
最低限、退去時清掃費用の負担を借主にするという一文が入っているか確認してください。
通常は、きちんと記載されているのですが、記載されていない場合、貸主(不動産投資家)負担になってしまいます。
不動産の購入で引き継いだ当初借主に対する特約はすでに賃貸借契約が前所有者(売主)と結ばれてしまっているため変更は困難です。ただし、一度空室になり、新しい借主になれば、不動産投資家と新借主の間の賃貸借契約になるので特約は自由に設定できます。その際、特約の記載内容は、「退去時清掃費用は○○円(税込み)する」という記載にした方が良いです。もっと言うと、この○○円に関しては、エアコンの清掃費用を入れた金額にすべきです。実は、エアコンの清掃費用に関しては、特約で清掃費用を借主負担にする旨の記載をいれていても争いが生じることが多いです。事前に特約で「金額を○○円とする」と記載しておけば、細かい内訳を出さずに、特約通りに清算することができます。
賃借人に対する挨拶・振込口座変更の案内
不動産投資家は、不動産売買契約の完了により、売主より賃貸人の地位を引き継ぐことになります。
よって、自分が新しく賃貸人になったことを賃借人に知らせる必要があります。
まずは、不動産売買契約に基づき賃貸人が変更した旨と家賃の振込先口座変更の案内を書面で郵送しましょう。
なお、書面中に前所有者に今後家賃を支払っても無効な旨は必ず記載するようにしましょう。
郵送方法はいくつかありますが、郵便局の赤レターパックを使いましょう。
赤レターパックは、郵便の追跡が出来るうえに、必ず本人に手渡しで郵送してくれます。
追跡確認をして、郵送済みになっていれば、賃借人本人に郵送物が届いたことになりますので、賃借人の「そんな書類届いてないよ!」というクレームを一蹴できます。
書類が届いてないから、払い忘れたとおっしゃる賃借人の方は多いので、赤レターパックは非常に有効です。
また、賃貸人の交代自体を疑う人もいますので、できるだけスムーズに引き継ぎを行うためには、書面送付後に賃借人に対して本人または管理会社が直接挨拶を行った方がよりベターです。
その際、安くてもいいので菓子折りをもっていくと、賃借人が好感を持ってくれる可能性が高く、今後の不動産管理がかなり楽になります。
賃貸人の交代は、賃借人が退去する可能性が高い局面の一つで、不動産投資を行う上でリスク局面の1つなので、慎重な対応が求められます。
賃借人の立場になって考えると、ある日突然、家賃の振り込み先変更の書類が届いたら、誰しもが詐欺を疑うと思います。その疑念を払拭するために、①不動産売買契約時に「賃貸人変更のお知らせ」の書類を事前に作成しておき、旧賃貸人(売主)のサインと印鑑を貰う、②賃借人に対するお便りの送付日から実際に家賃振込までの期間を適切に設定して、賃借人からの問い合わせをきちんと受ける、③場合によっては、不動産登記簿のコピーを借主に見せて、所有権移転の証拠をきちんと提示するなどの対応をしていくことが重要になります。引き継いだ賃借人の中は、長年その土地に暮らしている優良な賃借人もいます。新賃貸人として安心できると感じてもらえれば、引き続き長く住んでもらえる可能性が上がります。
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